タイムスリップなお店

やや蒸すくらいの朝を迎える。

これから、こんな日が続くのだろうか。

午後になって、部屋が蒸し暑くなって来たので、冷房を入れようかとも思うが、やはりここは自然に身を任せた方がよいだろうと、窓を全開にして玄関のドアを開放、風通しをよくしたら、嘘のように心地よい空間になった。

そのまま、急に眠たくなり、うたた寝をする。

目が覚める瞬間、部屋に白い人影が立っている夢を見る。

夕方、渋谷まで出かける。

用事は小1時間程度で済んだので、その帰路に最寄り駅から少し歩き、昔一度行ったことがある居酒屋さんの前を通ってみた。

昔、と言っても世間的には本当に昔で、もう14、5年くらいは経っているはずだ。

数年前に、この前を通ったことがあったが、開店している雰囲気はなく、もしかしたらもうお店をやめてしまったのかも知れないと思い、それ以降、前を通ることはなかった。

しかし、今日は看板に明かりが灯り、入り口に本日の定食メニューが出ているではないか。

これは一度入ってみなければと思い、のれんを潜り店内へ。

店内は当時のままで、カウンターにはあの時のおかみさんがいた。

外見が、昔来た時とあまり変わっていないのも驚きだった。

開店早だったのか、おかみさんは一瞬驚いた様子で、

あっ!、いらっしゃい

と、一言。

朝からちゃんと食べていなかったので、定食メニューのさんま塩焼きを頼む。

以前来た時も、やはり同じメニューを頼んだと思う。

その時は、おかみさんがずっとこちらと話をしているので、いつ調理をするのだろうと不思議に思っていたら、10分くらいして奥の居間からのっそりと、大柄なオヤジさんがさんまの塩焼きを持って現れたのには驚いた。

どうやら、居間の台所でこのオヤジさんが調理しているようだった。

しかしこの日、オヤジさんは現れず、おかみさんが目の前で作っていた。

ここ、久し振りで伺ったんですよ

と、こちらから口火を切ってみる。

そう、久し振りって、どのくらい?

もう14、5年ほどになりますかね

へえ、それは本当に久し振りねぇ

たしか、あの時はこの近所にある庚申塚について、いろいろ話を伺ったと思うんですが

あれ、もしかしたら学校の先生でしたっけ?

おかみさんが目をむいて聞いて来た。

いえいえ、違いますが、たしかあの時も、中学の先生?っておっしゃられて

そうでしょう?あなたがお店に入って来た時から、あっ、どこかで見たことのある人だって思ってたのよ

なんとおかみさんは、こちらのことを覚えていたのだ。

ちょっと間違えてはいたが。

こうなったら、取りあえず瓶ビールでも頼むか。

そこからは会話が弾んで、おかみさんもいろいろと話を聞かせてくれた。

どうやら以前、奥から現れたオヤジさんは彼女の旦那さんで、数年前に亡くなられたということだ。

その旦那さんの写真が、店内に飾ってあった。

ああ、あの人だ

カウンターが狭くってね、いつもあの人が奥で作ってたのよ

びっくりしましたよ、おかみさんひとりだと思っていたら、奥からいきなりご主人がさんま持って現れたんで

おかみさんが、それを聞いて笑った。

こちらも話が弾んで、瓶ビールを2本目。

アテは枝豆である。

会話の内容も、以前来た時の続きのようになる。

再び庚申塚の話、近所にあった遺跡の話、昔の話。

それにしても、14、5年前というと、かなりな昔のはずだ。

しかし、店の感じが当時と変わらず、おかみさんも当時のままという印象。

なにか、すごく不思議な感じがする。

しばらくすると、ご近所の常連さんらしきお父さんが入って来た。

いらっしゃい。ねえ、さん、この人、うちに14、5年振りに来てくれたんだって

へえ、それはそれは

ご常連は、人さし指でメガネをずりあげながら、ひょうきんな表情をして、こちらをしげしげと眺めた。

夕方から2時間近くいたので、そろそろおいとまする。

いきなり変わってしまうお店もあるかと思えば、このお店のようにずっと同じ場所で、同じような日常が過ぎるお店もある。

お店を出た瞬間ふと、自分は14、5年前の頃に戻っていて、そのまま当時住んでいた部屋に帰って行くのか、それとももう1軒、その頃はまだあった別のお店に行くのかわからないが、夜の闇へと消えて行く。

というような、チープでマンガのような想像が頭に浮かんだ。

そんなストーリーを思い浮かばせてくれるくらい、ここは懐かしくて暖かいお店だった。